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 『文明系と生態系――新しい地球文明を展望する――

                                                               (1993年 農文協刊)  ⇒農文協「田舎の本屋さん」はこちら

                                                              ⇒目次はこちら

内容紹介

 現代は、文明系と生態糸が深刻な対立に陥った危機の時代である。近代科学技術文明は、地球のあらゆる地域の資源を利用することによって、巨大な生産力を生み出していった。その結果、現代社会は、過去のどのような社会とも比較できないほどの飛躍的な経済発展を成し遂げた。

 だが、それは、全地球的規模での環境・生態系の破壊を代償として獲得されたものであった。地球温暖化、オゾン層破壊、酸性雨、熱帯雨林破壊、土壌破壊、海洋汚染など、地球環境はいまや危機的状況を呈している。産業革命以降の近代文明の発展は、さまざまな公害・環境破壊を惹き起こしてきたが、20世紀後半には、それとは比較にならない急速な勢いで、地球環境の破壊が広く深く進行していった。

 人類は、生物の一つの種であるかぎりにおいて、自然環境と生物によって構成されるシステムである生態系に属している。だが、意識と意志を有する人類は、生態系を基盤として、より高次のシステムである文明系を形成した。生態系とは、すべての生物、即ち、植物・動物・微生物が、土壌・水・大気という自然環境と相互作用することによって構成されるシステムである。この生態系によって、宇宙空間から供給される太陽エネルギーを固定化する植物に始まり、草食動物から肉食動物をへて微生物に至る食物連鎖が形成され、すべての生物の間にエネルギー的調和が実現する。この調和は、開放系としての地球生態系が、物質・エネルギー循環の結果、発生した廃熱を、最終的に宇宙空間に放出することによって可能となる。

 人間は、この生態系の物質・エネルギー循環を、文明系という更に高次のシステムの内に汲み上げる。生物は、遺伝子の本体であるDNAの内部に蓄積された遺伝情報に基づいて物質・エネルギー処理を制御することによって、自分の身体を形成し維持してゆく。それに対して、言語はじめとするシンボルを創造した人間は、情報を生体外に固定・蓄積し、道具を生体外器官とし、人工環境を形成することで、生体外物質代謝を行なう。そこに、生態系を基盤として文明系が形成される。

 人間は、生態系と文明系という二つのシステムに属しているのであり、意識している生命活動によって、生態系における物質・エネルギー循環と文明系における物質・エネルギーに循環を媒介・統一してゆく。

 だが、現代では、人類は、みずからが生み出したものでありながら自立的な運動を展開し、全地球的規模で環境・生態系を破壊してゆく文明系を、有効に制御することはできない、という事態に追い込まれたのである。このような事態を克服するために、人類は、自己が生物の一つの種として生態系に属しており、文明系が生態系を基盤とし、その部分系として成立しているということを改めて自覚すべきである、という指摘がなされている。その指摘自体は、妥当なものである。

 しかし、そのような認識だけでは、文明系と生態系との対立を根底的に克服するためには決定的に不十分である、というのが『文明系と生態系』の立場である。本書は、単なる生態学に関する書物ではない。本書が、生態学に関する書物と根本的に異なる点は、文明系と生態系が歴史的生命の世界という実在界に於いて根源的に統一される、ということを明らかにしていることにある。文明系と生態系との対立を根底的に克服するためには、生態学でだけではなく歴史的生命の世界という次元の存在構造を解明した知を形成することが不可欠である。

 歴史的生命とは、無機的エネルギー・生物的生命を超える、より高次の創造的エネルギーである。歴史的生命の世界に於いて、それぞれに固有の能力を発揮して生命活動をしつつある諸個人が相互に働きあうことによって、そこから物と情報が創造されてゆき、文明系を豊かにしてゆくとともに、人間の諸能力を高めてゆく。

 したがって、諸個人は、創造的な歴史的生命の世界の創造的要素として認識し行為する(自覚的・行為的要素)のである。歴史的生命の世界に於ける諸個人は、自己の生命活動によって、全体としての創造的生命の世界をそれぞれに固有のかたちで自己の中に映し出す。それよって、生物的生命を超える人格的生命が成立する。すべての人格的自己は、それぞれに異なった観点から全体としての歴史的生命の世界を映す独自の個として存立していながら、相互に調和する。歴史的生命の世界は、ライプニッツののモナドロジーと同一の存在構造を有している。現代哲学に関して言えば、フッサール現象学の開放的モナドの共同体,西田哲学の創造的モナドロジーの世界は、歴史的世界の存在構造を解明したものとして捉え返すことができる。

 人間を、生態系における生物の一つの種として捉える生態学的な認識を超えて、人間を歴史的生命の世界に於ける自覚的・行為的要素として捉える哲学的な認識を形成しなければならない。このような認識を欠落させていたところに近代自然科学・社会科学の本質的な限界があったのであり、それによって制御された近代科学技術文明が、文明系と生態系の対立を惹き起こすことになったのである。

 近代自然科学・社会科学は、自然と社会を自己完結的な閉鎖システムとして捉えた。つまり、近代の自然認識・社会認識は、生態系と文明系が開放系であり、両システムの物質・エネルギー循環が歴史的生命の世界によって媒介・統一される、という本質的な連関構造を捉えることができなかったのである。

 近代社会は、そのような本質的な限界を持つ科学的知識に基づく工業生産システムよって、物質・エネルギー処理を制御してきた。そこでは、環境・生態系から物質・エネルギーを無限に取り出すことができ、それを利用することで無限に生産力を高めることができる――という考え方に基づいて生体外物質代謝が行なわれ、その結果発生する廃熱・廃物が生態系に与える影響は顧みられることがなく、その中に放出された。その結果、地球生態環境が破壊され、文明そのものの存立が危うくなるという事態が生じたのである。

 そこには、歴史的生命とその創造的尖端である諸個人の生が、物量的生産力の無限増大を目的とする自己完結的な運動に従属させられるという転倒が生じている。このような事態を根底から転換させるためには、歴史的生命の世界に於ける自覚的・行為的要素である諸個人が働きあうことによって、文明系と生態系を根源的に統一することが、同時に、それぞれの個人が個性的で全体的な人格的生を実現しつつ相互に調和することである――というを関係を可能とする新たなシステムを創出しなければならない。

 このシステムは、単に人格的自己の相互調和だけでなく、すべての自然的個物・人間的個人・文化的個物の根源的な相互調和を可能とするものである(このことに関しては『絶対無の哲学』『創造的生命の形而上学』において論究している)。新しいシステムを創出するためには、地球上のあらゆる地域における諸個人が、固有の生態系と調和し得る文化・文明の形成をめざすとともに、各地域が相互に開かれたものとして、グローバル=ローカルなネットワークを構築してゆくことが必要となる。

目次

 はしがき

? 近代文明の根本矛盾とその克服の方向性

 1 地球生態系の破壊と近代文明の危機

    文明の存立基盤である環境・生態系の破壊

    地球生態系と文明系の物質・エネルギー循環の媒介・統一

    創造的生命の世界とその個性的表現である諸個人

    近代の科学技術文明における生体外物質代謝の限界

    グローバル化した文明系による諸個人の収奪・従属

    現代世界の根本矛盾の現われ

 2 宇宙史・生物史・人類史における現代の位置

    自然の一般的法則の支配を免れない文明系

    創造的エネルギーか進化・発展してきた全自然史

    環境と物質との相互作用による宇宙の進化

    地球環境の変化に適応してきた生物の進化

    言語・道具をもつ人間に固有の生体外進化

    生態系と文明系を調和させるに至っていない近代の限界

 3 近代文明を超える新しい文明像

    開放システムをとらえる現代の科学と哲学

    生態系と文明系が媒介・統一される歴史的生命の世界

    世界の存在構造から導かれる理念像を体現した文明系の創出

    人間と環境を媒介・調和させる根源的な技術体系

    さらなる生体外進化をとげる国際システムの構築

    ?の補注

? 科学技術文明のグローバル化と地球生態系の破壊

 1 近代科学に裏づけられた近代技術の限界

    自然と社会を閉鎖システムとして二分化する近代科学

    自然と社会を調和させられない近代の生体外物質代謝

    エントロピー増大の不可逆的過程が欠落したニュートン力学

    廃熱・廃物を産出するネガの過程をとらえない経済学

    相互開放的な経済システムと自然環境・生態系

    ポジの過程とネガの過程を根源的に統一する生産と消費

    市場経済システムへの生産と消費の従属

    資本による自然の諸力と人間の諸能力の収奪

    物量的生産力に還元される歴史的生命

 2 エントロピーと開放定常系

    開放システムである生物の物質代謝

    生物の共同体における物質・エネルギー循環と調和

    より大きな開放定常系である地球環境と膨張宇宙

    地球生態系におけるエネルギー循環システム

    人工環境を形成し生体外物質代謝を行なう人間

    人工生態系と自然葬生態系との物質・エネルギー循環

    文明系と生態系を媒介・統一する歴史的生命の世界

 3 現代の工業生産・農業生産と環境破壊  

    市場経済システムによる人工環境の破壊・貧困化

    物量的生産力に還元されて発現する歴史的生命

    グローバル化した文明系による地球生態系の破壊

    近代以降の社会でのエントロピー増大

    地球温暖化によるエントロピー減少機能の破壊

    オゾン層の破壊による地球生態系の循環の破壊

    酸性雨よる土壌破壊、窒素や硫黄循環の撹乱

    熱帯雨林の消失による物質循環の破壊、土壌の不毛化

    全地球的規模での砂漠化の進行

    地球生態系の物質・エネルギー循環の回復へ

    新しい生体外物質代謝による調和の実現

    ?の補注

? 世界の全進化の成果と自然=文明系の創出

 1 自然史と人類史を統一的に把握する方法的立場

    世界の全体的な秩序の調和を乱した文明系

    全歴史過程のうちに位置づけるべき現代

    エントロピー増大に抗する物質の進化の歴史

    物質・エネルギーと情報との相互進化

    情報処理・制御能力をもつ生物・人間

    環境と個物とが相互形成してゆく自然史

    根底の場所における統一と創造作用

    全体的一と個的多との絶対矛盾的自己同一

    世界の根本構造を映しだす人間の知識

    創造的世界の創造的要素として行為する人間

    世界の進化の最高段階に位置する人間

    新しい文明系の創造へと向かう歴史の尖端

    完全な開放定常系への世界の進化

 2 宇宙史 物質進化と天体進化の相互的展開

    世界の根本構造を解明した相対性理論

    自然科学に働く四つの基本的力と基本粒子

    物質と天体が相互進化してきた宇宙の歴史

    ミクロ・コスモスの進化と物質の誕生

    マクロ・コスモスの進化による星の形成

    星の進化と新しい元素の成生

    環境と個物の相互作用による進化と秩序形成

    宇宙の創造的原理による組織化・高次化

 3 地球史 宇宙空間・太陽と地球の相互関係の変遷

    宇宙・太陽とエネルギーをやりとりする開放システム

    宇宙の進化史のなかでの太陽・惑星の形成

    ひとつのシステムを構成する地球への進化

    炭素サイクルと大陸の形成による地球環境の進化

    相互作用し依存しあう地球のサブシステム

    宇宙という環境との相互作用による地球の進化

 4 生物史 生物−地球環境の相互進化と生態系の形成

    地球システムと生物システムの相互作用と循環

    宇宙の進化史の一段階としての地球生態系

    遺伝情報によって組織化された物質系としての生命

    環境変化に対処する遺伝情報の変化による進化

    物質代謝という特性をもつ生物の原型へ

    秩序ある物質代謝をともなう生命の発生

    自己複製の能力をもつ生物への進化

    大気中への酸素の蓄積と生物の陸上への進出

    地球環境と多様な生物種の相互進化

    太陽エネルギーを効率的に利用する開放システム

    世界の創造的エネルギーが発展させた地球生態系

 5 人類史 人工環境と人間の相互作用をつうじた文明の発展

    文明系の成立と地球生態系との対立

    自然=文明系の創出へと向かう歴史の創造的運動

    新生代における霊長類のヒト化への準備

    地球環境の変化に適応した生活様式の革命

    道具という生体外器官の形成による人類の誕生

    技術によって環境と主体を媒介する生体外物質代謝

    農耕・牧畜の開始と古代都市文明の形成

    人間による野生の動植物の目的意識的制御

    より高次の物質・エネルギー循環をする文明系の創出

    人間と人工環境の相互作用と歴史的生命

    自然環境・生態系の破壊による古代文明の衰亡

    近代工業生産による生体外進化の展開

    化石エネルギーの利用と道具から機械への発展

    有機的自然の制約から解放された工業生産

    工場生産システムによる地球環境の破壊

    近代文明系と地球生態系との対立とその克服

    ?の補注

? 文明系と生態系の調和はどのように実現可能か

 1 自然・文化・歴史的生命

    パタン認識による情報処理

    シンボルによる情報の処理能力と運動感覚

    原点としての身体と世界の構成

    シンボル記号によるパタン化・分節化

    生体外情報体系と社会的相互行為体系

    道具連関による人工環境の形成

    文明系の成立と歴史的生命

    流動的な生の地平における創造

 2 現代の科学と哲学における世界認識の根本的転換

    閉鎖システムとしての近代的自然像・社会像

    現代物理学による近代的自然認識の転換

    新しい自然認識の枠組、主観と客観、実在観

    根底の世界をとらえる新しい世界認識

    人間の自由の根源的可能根拠

    フツサールが分析した開放的モナドの共同体

    西田哲学の創造的モナドロジーの世界

    差異をうみだすデリダの差延作用の世界

    根源的で総体的な社会認識への転換

    自然認識と社会認識を統合する歴史的生命の世界

    シンボル=言語を深層からとらえる言語学

    文化を根底の次元からとらえる社会学

    文化の体系と諸個人の創造的行為

    近代の生体外情報の根本的転換

 3 世界の創造的原理が実現をせまる全人類的理念

    自己自身を意識するようになった進化

    マルクスによる人類史の三段階把握

    歴史認識の近代のパラダイムからの解放

    歴史的生命の世界からとらえる根本矛盾

    現代の歴史的課題と全人類の理念

    世界の進化の頂点と新しい世界システム

    世界の自覚としての全歴史の創造的尖端

    全体世界が焦点を結ぶ諸個人の行為的現在

    ?の補注

? 新しい地球文明の創出へ

 1 文明系と生態系の調和を実現する新しい技術体系

    世界・環境と自己を媒介する技術

    近代の技術による物質・エネルギー循環の破壊

    エネルギー消費的な技術と生態系における反復利用

    ネガの過程にかかわる技術の開発

    自然生態系を破壊する農業生産技術

    自然生態系と農業生態系を調和させる技術

    バイオマスの流れに沿った農工複合体

    農業と工業を再統合する新しい技術体系

    エコノミー=エコロジーの循環総体システム

    人間の全行為による世界と自己の統一

    全人格的生活の成立と歴史的生命の発現

 2 内発的発展を可能とする新しい地球文明

    生物共同体を前提した固有の諸文明

    グローバル化した近代文明による全人類の均一化

    全地球的な自然=文明系の可能性の形成

    新しい開発・発展パラダイムと第三世代の人権

    内発的発展による諸個人の発展と調和

    各地域に固有の総体システムの形成と相互交流

    深層の流動的な生の地平で働く創造的エネルギー

    諸文明のダイナミックな統合による開かれた文化

    個性的な文明の地平融合と地球文明

 3 新しい文明の創出へ向かうローカル=グローバルな動き

    多国籍企業体制による社会的物質代謝の撹乱

    新しいグローバル・システムの創出へ

    既成の国際秩序に抗するネットワークの形成

    地域社会の形成と根源的な人格的相互依存関係

    根源的生活原理の全地球的規模での貫徹

    マクロ・コスモスとミクロ・コスモスを媒介する地域

    歴史的生命の世界を固有に表現する地域社会

    諸個人の生活史、人類の歴史の創造的展開

    ?の補注

 あとがき

 


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