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『東西思想の超克――現代の課題――

                                      (1983年 農文協刊)  ⇒農文協「田舎の本屋さん」はこちら

                                                     ⇒目次はこちら

内容紹介

 本書の課題は、世界総体の論理的存在構造を解明するために、東洋の論理と西洋の論理を統合した総体性と根源性を有する論理を形成することである。

 アリストテレスの論理学に起源する西洋の論理は、近代において、主体と客体とが理性のうちで統一されるというヘーゲルの弁証法の論理として一大頂点に達した。ギリシャにおいて自覚化された人間理性は、西洋近代の自由で主体性を持った自我を経て、遂に、歴史のうちに自己を顕現してゆく主体たる絶対精神にまで高められるに至ったのである。そのことは、論理が世界の総体を自らのうちに包摂し尽くしたという意味において、まさしく人間の普遍的理性の勝利以外の何ものでもないとないとみなされ、この西洋の理性の前には、非合理的なものとされた東洋思想はまったくを無力な存在であるかのごとくであった。だからこそヘーゲルは、東洋には自己意識の自由が存在しないと断じて、そこに本来の哲学の存在を認めようとしなかったのである。

 しかし、ヘーゲルの哲学体系は、その論理によっては捉えることのできない次元が存在するということが明らかになることよって崩壊した。それは同時に、西洋の伝統的論理の限界が露呈したことでもあった。即ち、理性の立場に立つ西洋の伝統的な論理をもってしては、世界総体の論理的存在構造を解明し得ないということが明らかになったのである。この時、西洋近代哲学は現代哲学へと転換することになった。現代ヨーロッパ思想が解明しようとしている世界の存在次元は、もはや伝統的な西洋の論理に包摂し尽くすことができないものなのである。

 ヨーロッパ現代思想による西洋の伝統的な論理の自己超克の試みは、なお理性の立場を根本的に転換した新しい論理を形成ししているとは言いがたい。ここに、現代において東洋思想が、世界の総体を捉えきった論理の確立という世界思想の本質的な課題の解決に資する可能性を有するものとして浮かびあがってくるのである。

 明治以降、西洋思想を受容した近代日本において、東洋の論理をもって西洋の論理の限界を克服しようとする試みを、初めて本格的に行なった哲学者が西田幾多郎である。西田は、西洋の論理の限界を「アリストテレス以来、西洋論理は主語的である、対象論理的である。何処までも自己と世界とが対立的である。故に何処までも主観主義的である。」(「論理と数理」)と指摘している。西田は、そのような限界を有する西洋のの論理に、東洋の論理を「私は却って我々の自己そのものを対象とした仏教哲学、心の哲理と云うものに於て、無の論理と云うものを見出し得ると思う。而してそれは東洋的世界観の論理と云うことができる。」(「論理と数理」)というふうに対置している。

 東洋思想は、理性を超え、それをもってしてはもはや捉えることのできない世界の存在次元を、宗教的直観によって捉え解明してきた、という伝統を有している。なかでも、大乗仏教の思想は、理性の否定転換によって開かれる悟りの境地に生じてくる根源的実相の世界である法界の論理構造を、極めて精緻なかたちにおいて把握しているのである。西洋の伝統的論理が実在を有として捉えてきたのに対し、大乗仏教は実在を空(絶対無)として捉えた。西田が無の論理というのは、これである。この理性を超える世界の存在構造に関する東洋の論理を、西洋の論理と,現代的なかたちにおいて架橋・統合することによって、はじめて真に総体性と根源性を有する論理の確立が可能となる。

 西洋の伝統的な論理は、主体と客体を統一するヘーゲルの弁証法において完成を見た。マルクスは、ヘーゲルの弁証法を、主体と客体、自然と人間の統一として成立する社会の客観的認識に適用した。それによってマルクスは、資本主義的市場経済システムの運動法則を解明したのである。このマルクスの合理的な社会認識は、社会の根底の次元の存在構想を解明した認識によって根拠づけられなければならない。主体と客体とは、社会において統一されると同時に、その根底の領域に於いて根源的に統一されるのである。この領域を、本書では、根源的自然と呼んでいる。

 根源的自然と社会との間には、絶対的な断絶がある。二つの存在次元は、絶対矛盾の関係にあるが、しかも絶対矛盾のまま統一されている。本書は、これを、根源的自然と社会との絶対矛盾的自己同一と論理的に表現している。本書は、そのような論理的観点に立って、東洋の論理と西洋の論理を統合することによって総体性と根源性を有する論理を形成する、という課題に具体的に取り組んでいる。

 東洋思想は、主体と客体との対立を根源的自然の最深層に於いて乗り越えることによって実在との合一を実現したものとして捉えかえすことができる。現代ヨーロッパ思想は、主体と客体との対立を東洋思想と同一の方向に於いて乗り越えようとしているものとみなすことができる。本書では、そのことをフッサールやハイデガーの思想について具体的に考察している。東洋思想と西洋思想は、現代において、同一の次元で遭遇し統合に向かっている、と言うことができる。

 そのうえで本書では、大乗仏教の思想と現代ヨーロッパ思想を対応させて捉えている。例えば、唯識思想とフッサールの現象学、ヘーゲルの『精神現象学』と空海の『十住心論』というように、である。それは、東洋思想と西洋思想が、具体的にどのような形て統合されてゆくのかということを示すものである。

 東西の思想の統合ということは、単なる思想的課題ではなく、現実的課題と深くかかわっている。西洋起源の近代科学技術文明が全地球的規模にまで拡大した結果、全人類は生態学的生存の危機に直面することになった。この危機を克服するために、近代科学技術文明を基楚つけた西洋近代の合理主義の限界が指摘され、その克服がめざされている。だが、事態は、西洋近代合理主義のみを批判の対象にすればよいというほど容易なものではない。現代の危機を根本的に克服するためには、近代合理主義を、その起源であるギリシャの合理的哲学にまで遡って超克することが必要となる。 ハイデガーが、ギリシャ以来の西洋の形而上学の歴史は存在忘却の歴史であるとし、別の形而上学を構想していることは、そのような観点から捉えかえされなければならない。

 ここに、それぞれ2500年の伝統を有する東洋と西洋の思想・論理が現代に於いて統合されなければならない現実的な根拠がある。ヤスパースが、われわれはヨーロッパ哲学のたそがれから世界哲学のあけぼのへの途上にある、と述べていることもをそのようなかたちで捉えかえされなければならない。東西思想の超克による一つの「世界哲学」の形成によってこそ、現代の全人類的危機は根本的に克服されるのである。それは、まさに「現代の課題」である。

 東西思想の統合という課題を自らのものとして引き受けた西田哲学を継承し、現代の危機を克服し得る哲学を形成するという『東西思想の超克――現代の課題――』のめざしたところのものは、その後の著書の具体的な内容を踏まえて、『絶対無の哲学――西田哲学の継承と体系化――』『創造的生命の形而上学――近代科学技術文明の超克――』の哲学・形而上学として体系化された。

 その体系において、根源的自然と社会との絶対矛盾的自己同一という――『東西思想の超克』で提示された世界総体の存在構造を認識するための論理的枠組みは、それぞれが二つの存在次元からなる超時間・空間的な無限絶対の実在界と時間・空間的な有限相対の実在界とが、絶対矛盾の自己同一的に統一された四次元統合態である全実在界――の論理的存在構造を解明した統一的・総合的真理認識として具体化された。

 

目次

 序――根源的自然の位相

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第1章 西洋近代の危機と思想の課題

 第1節 現代におけるマルクス主義の危機とは何か

 第2節 世界史認識の方法概念としてのヨーロッパとアジア

第2章 ヨーロッパ現代思想と東洋思想の遭遇

 第1節 東洋思想を排除する西洋の伝統思想

 第2節 ヨーロッパ現代諸思想の東洋思想への注視

第3章 普遍的思想史への視点

 第1節 東西哲学の起源の同時性

 第2節 西洋中心の思想史――その克服の観点

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第4章 西洋哲学の伝統の起源――ギリシャ哲学

 第1節 自然哲学からプラトン哲学へ

 第2節 プラトンのイデア論とアリストテレスの形而上学

 第3節 プラトンの場所概念の現代的意義

第5章 近代哲学の展開と限界の露呈

 第1節 近代自然科学と西洋近代哲学の形成

 第2節 カント哲学における現象と物自体との二元論

 第3節 ヘーゲルの形而上学とマルクスの自然主義=人間主義

第6章 西洋哲学の伝統の自己超克を目指す現代西欧哲学

 第1節 根源的自然の解明――フッサールの現象学

 第2節 自然主義=人間主義の深化――メルロ・ポンティの両義性の哲学

 第3節 西洋の形而上学の伝統と対決するハイデガーの存在論

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第7章 ブツダの思想とヨーロッパ思想

 第1節 東西思想の論理的的統合の必要性と可能性

 第2節 ブッダの中道思想とフッサールの現象学

 第3節 ブッダの無我思想とマルクスの思想

第8章 大乗仏教思想の現代的可能性

 第1節 実在論的傾向を強めたアビダルマ哲学

 第2節 ナーガルジュナの空の思想・即非の論理

 第3節 即非の論理とマルクスの論理の統合

 第4節 唯識思想における根源的思惟の把握

 第5節 唯識思想とフッサールの現象学

 第6節 東西の存在論・認識論の統合の視点

第9章 大乗仏教の論理の一大頂点――華厳の思想

 第1節 四種法界の存立構造

 第2節 華厳の論理と西洋の論理

 第3節 事事無礙法界とマルクスの共同体論の統合

第10章 空海の大生命哲学とマルクスの自然主義=人間主義の統合

 第1節 逆対応する『十住心論』と『精神現象学』

 第2節 『精神現象学』批判の現在的視点

 第3節 東西の歴史・思想史の統合と世界の論理

 

 引用文献

 あとがき

 


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