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  『市場原理と生活原理――マルクス・ケインズ・ポランニーを超えて――

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                                                                  ⇒目次はこちら

内容紹介

 経済学は現在、深刻な危機に陥っており、大きな転換期にあるといわれている。しかし、危機の認識は、その深さと広さにおいて、なお不十分であると言わざるを得ない。ジョージ・ロビンソンは、1971年、経済学の第二の危機をについて語った。経済学の第一の危機とは、1929年の大恐慌によって、当時の支配的経済学説であった新古典派経済学が有効性をを喪失したことを指している。この近代経済学の第一の危機は、1936年の『雇用、利子および貨幣の一般論』の出現による「ケインズ革命」によって克服された。しかし、1960年代から70年代にかけて、経済学は第一の危機に匹敵する第二の危機を迎えた、というのである。

 だが、現在の経済学の危機は、第一の危機と同じ質、同じ程度のものであり、新古典派経済学から、ケインズ経済学への転換と同じレベルでの理論的変革によって乗り越えることのできるものではない。現代における経済学の危機は、自然科学の分野において、相対性理論・量子力学が、ニュートン力学が認識対象とした自然の領域とは根本的に異なる領域を対象とする新たな自然認識を形成したことに対応して、社会科学の分野において、従来の経済学が認識対象とした社会の領域とは根本的に異なる領域を対象とする新たな社会認識を形成することによって、はじめて克服することができる。

 古典派以来、現代に至るまで、経済学は、認識対象を資本主義的市場経済システムに限定してきた。その経済学の認識の枠組みの狭さが露呈したのである。経済学という学問は、資本主義のを成立とともに誕生した。資本主義社会は、経済的な社会的諸関係が、経済外的諸関係から分離して、自律的な運動を展開するようになることによって形成された。経済学が対象とする資本主義的市場経済システムは、このようにして成立したのである。市場経済システムは、ひとたび確立すれば、外部からの干渉なしに市場価格以外のなにものによっても統制されない経済のことである。

 カール・ポランニーは、それを「自己調整的市場」と呼んでいる。このような自己調整作用を有する市場経済システムが確立したとき、それを客観化して、そこに貫徹する普遍必然的な運動法則を解明する科学としての経済学が誕生したのである。この市場経済システム分析の方法的立場は、社会科学としての経済学を形成したアダム・スミスが、自然を客観化して、そこに貫徹する普遍必然的法則を解明する――という近代自然科学の認識方法を、社会認識に適用したものである。

 本書では、それ以降の経済学が、この枠組みにおいて資本主義的市場経済システムをどのように分析してきたかを、古典派経済学、マルクス経済学、新古典派経済学、ケインズ経済学、新古典派総合の経済学について具体的に検討している。これらの経済学説は、市場は自己調整作用が十全に機能して安定的であるとみる(古典、新古典)か、それとは逆に不安定であるとみる(マルクス、ケインズ)か、という資本主義観の対立が存在している。しかし、それらは、基本的に同じ枠組みの中での対立だったのである。

 しかし、資本主義的市場経済システムの運動は、この経済学一般に共通する認識の枠組みにおいては捉えることのできない、さまざまな諸問題を生み出していった。こうして、経済学の理論的枠組みの狭さが認識され、その克服がめざされることになった。宇沢弘文は、「経済学の第二の危機」が発生した根拠として、1960年代から70年代にかけて、公害、環境破壊、貧困、都市問題など、多くの社会的・経済的問題が発生したが、それらは、ケインズ経済学の枠組みのなかでは十分解明することができないものであることを挙げている。これらの諸問題は、ケインズ経済学のみならず従来の経済学の枠組みによっては解明できないものである。宇沢は、経済学が、その分析対象をあまりにも狭く市場的現象に限定しすぎて、より広範な、政治的、社会的、文化的側面を無視ないし軽視しすぎたことを批判している。

 一方、玉野井芳郎は、公害、環境、資源、エネルギーをめぐる諸問題は、経済学に根本的な問い直しを迫るものであるとしている。玉野井は、これからの経済学は、社会の生産と消費の関連を、これまでのように商品形態または市場の枠内でのみとらえることをやめ、改めて自然、・生態系と関連させて捉えなおさねばならなくなってきた、と述べている。

 経済学は、現在、市場経済システムだけでなく、自然・生態システムと社会・文化システムをも包摂し得る枠組みを持った科学へと転換することを迫られているのである。本書は、自然・生態システムと社会・文化システムが、市場経済システムの根底の次元に於ける諸個人の行為によって根源的に統一される、ということを明らかにしている。この次元には、無数の行為的自己が互いに含蓄しあって働きあっている根源的な人格的依存関係が成立する。そのような諸個人の行為的現在の一瞬一瞬に自然と社会が根源的に統一されることで、すべての文化的諸形象の創造と享受がなされ、それぞれの個人の自由で独立した全人格的生活が相互補完的に実現されてゆく。

 既に見てきたように、経済学の分野においては、経済学の認識対象を市場経済システムに限定することの枠組みの狭さが指摘され、自然・生態システムと社会・文化システムを包摂することが必要となっている、という指摘がなされている。だが、この二つのシステムが根源的に統一される行為的自己の共同体という次元を包摂する理論的枠組みが必要であるということは、いまだ指摘されていない。ここに、経済学の側からする理論的危機克服の試みの本質的な限界が存在する。 

 本書の理論的核心は、行為的自己の共同体を包摂した根源的で総体的な社会認識の枠組みを提示している点にある。市場経済システムの根底に、行為的自己の共同体という存在次元を認めるということは、決して恣意的・独断的になされたことではない。行為的自己の共同体は、同一の全体をそれぞれの内に個性的に表現する個が働きあうことによって、すべての個の相互調和が実現する――という存在構造を有している。本書は、現代自然科学・哲学が、客観的に認識される自然・世界の根底の次元を、そのような存在構造を有するものとして解明している、ということを明らかにしている。

 ニュートン力学の客観的宇宙の根底の次元を解明した相対性理論は、四次元宇宙が前術したような存在構造を有しているということを、物理学の立場から解明している。ニュートン力学の自然認識の方法を社会認識に適用した経済学の枠組みの狭さが明らかになっている現在、現代物理学の新しい自然認識を社会認識に適用するということは、経済学が当然なさなければならない自己の存立そのものにかかわる根本的な理論的作業である。

 現代哲学は、現代物理学が解明したのと同じ次元を哲学の立場から解明したものということができる。フッサールの「開放的モナドの共同体」、西田哲学の「創造的モナドロジーの世界」は、四次元時空宇宙と同一の存在構造を有するものである。フーコー・デリダの思想、現代人文科学も、それと同一の次元の存在構造を解明しているいるものとして捉えかえすことができる。この点において、経済学は理論的に最も遅れているとい言わざるを得ない。

 本書では、現代科学・哲学をそのような観点から具体的に検討することによって、その認識を経済学に適用し、客観的に認識された市場経済システム根底の次元を、行為的自己の共同体として解明すべきである、ということを提示している。そのような新しい経済学の枠組みにおいて捉えるならば、現在、生じているさまざまな社会的問題は、自律的運動を展開してゆく資本主義的市場経済システムに貫徹する市場原理と、諸個人が相互補完的に全人格的生活を実現しようとする生活原理との対立を根本的な原因として生じてきており、したがって、この対立を克服しない限り、それらの諸聞題の根本的な解決はありえない、ということが明らかになる。

 市場を不安定なものとみなし、政府が経済に介入することによって「福祉国家」を実現するというケインズ的経済政策の破綻が指摘され、市場の自由な動きに任せるべきだとする市場原理主義的経済政策の実施によって生じる、さまざまな社会的問題に取り組んでいる諸個人は、自己が取り組む問題が何を根本的な原因として生じてきており、どのような方向に向かって解決をめざしてゆくべきか、ということを明確に認識しているとは言いがたい。それらの諸個人が、根源的で総体的な枠組みを有する新たな社会認識をわがものとして獲得し、個別課題にかかわる実践・運動を通じて、諸個人の相互補完的な全人格的生活の実現という究極的目的を達成すべく共同してゆかなければならない。  

目次

 はしがき

序章 経済学の転換

 第1節 経済学転換の論理的・歴史的必然性

  1 市場外部的諸問題の出現と経済学の危機

  2 経済学の枠組の限界

  3 現代資本主義の経済政策と経済理論

 第2節 市場経済システムと経済議論

  1 古典派経済学――市場の調和と「見えざる手」の現代的意義

  2 マルクス経済学――経済的三位一体と労働過程の根源

  3 新古典派経済学――市場の自己調整機構と機能的分配

  4 ケインズ経済学――市場の外部からの制御の可能性とその展開方向

 第3節 新古典派総合の経済学と現代経済学の課題

第1章 経済学の枠組の根本的変革

 第1節 近代科学・哲学の客観主義と従来の経済学の枠組

 第2節 現代自然科学における枠組の変革――相対性理論・量子力学

 第3節 現代哲学における枠組の変革

  1 フッサールの現象学と根源的生活世界

  2 西田の場所の論理と創造的モナドロジーの世界

 第4節 現代人文科学における枠組の変革

  1 言語学・精神分析学・文化人類学

  2 ポスト構造主義、フーコー・デリダ

 第5節 現代経済学における枠組みの変革――市場原理と根源的生活原理――

第2章 資本主義社会の根本矛盾

 第1節 資本主義経済の運動法則

  1 商品→貨幣→資本

  2 資本主義的市場経済システムと創造的モナドロジーの世界

 第2節 資本主義の不安定性

  1 資本主義的市場経済システムの不安定性――マルクス

  2 市場の不均衡と時間的要素――ケインズ

 第3節 不均衡の累積過程とその解決

  1 ケインズ経済学の動態化――ハロッド

  2 景気循環・恐慌と根源的生活原理

第3章 資本主義の諸段階と現代資本主義の矛盾

 第1節 資本主義の歴史における市場原理と根源的に生活原理との対立

 第2節 自由主義と工場立法

 第3節 帝国主義と社会政策

 第4節 国家独占資本主義とケインズ的政策

 第5節 現代資本主義とスタグフレーション

第4章 現代資本主義の歴史的位置

 第1節 マルクス・人類史の三段階把握と創造的モナドロジーの世界

 第2節 ポランニー・経済的自由主義の原理と社会防衛の原理の対立

 第3節 来るべき共同体への基本的視点

 あとがき

 引用文献

 


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