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 『生活世界からの社会形成』

                                                                           (1990年 農文協刊)  ⇒農文協「田舎の本屋さん」はこちら

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内容紹介

 本書は、現在、生じているさまざまな社会的問題が、国家と市場の複合体に生活世界が従属させられ破壊されるという事態を根本的な原因としており、この事態を転換させることによってのみ、それらの諸問題の総体を根底的に解決することができる、ということを明らかにしている。

 国家が経済に政策的に介入するケインズ的経済政策の破綻が指摘され、市場の自由な動きに任せるべきであるとう市場原理主義的な経済政策が対置されている。そして、「国家か市場か」「大きな政府か小さな政府か」ということが争点となっている。だが、「国家−市場」「政治システム−経済システム」という枠組みの内においてのみ現在の社会的諸問題を捉えているかぎり、その根本的な解決方向を示すことはできない、というのが本書の基本的立場である。諸問題の根本的解決のためには、「国家・市場−生活世界」というより広い枠組みにおいて現代資本主義社会および経済政策を捉え返すことが必要となる。

 そのような広い枠組みにおいて、まず、ケインズ的経済政策が何故に破綻したのかを見てみることにする。ケインズ以前の自由主義的な資本主義理念は、経済はその動きを市場の自己調整作用に委ねるとき、経済成長の安定性、稀少資源の配分の効率性、所得分配の公平性が実現され、最もうまく運営される、というものであった。しかし、独占段階における大量失業の発生によって、市場は、その自由な動きに任せておく限り、完全雇用を保証し得ず、所得分配の公平性を実現しえない、ということが明らかになった。

 ケインズは、市場においては需要と供給とは必ずしも一致せず、有効需要が不足するために非自発的失業の発生が不可避となるということを明らかにした。そこから、政府が財政・金融政策によって総需要を増大させたり、直接、公共投資を行なうことで完全雇用を実現し、社会保障制度等によって「福祉国家」を実現するという、国家の市場への全面介入政策が実施されることになる。

 しかし、1960年代後半以降、不況とインフレーションが共存するスタグフレーション、財政危機、公害、環境破壊等の社会問題が発生したことにより、ケインズ的福祉国家政策には破綻が生じることになった。

 ケインズ的政策の骨子は、個別的な私的資本の投資支出と消費支出が不足している場合には、その不足を国家の公共投資で補うことによって完全雇用を実現する、というものであった。公共投資は、具体的には、社会資本の建設と維持として実施される。社会資本とは、生産や生活の一般的条件であり、宮本憲一は、生産の一般的条件である社会資本を社会的一般生産手段、生活の一般的条件である社会資本を社会的共同消費手段と呼んでいる。国家は、諸個人の生活の場である日常的生活世界への社会資本の蓄積を、諸個人がそれを自由に享受することにより健康で文化的な生活を送ることができるための自然環境・社会環境の整備というかたちで実施しなければならない。

 だが、現代資本手技における公共投資、社会資本の建設・維持は、このようなことを直接の目的として実施されたのではない。公共投資は、利潤の増大を目的とする独占資本の企業活動に従属させられることになる。政府は公共投資によって社会資本を建設するが、独占資本は、その社会資本、特に社会的一般生産手段を無償で、あるいは極めて低廉な費用で利用することによって、利潤を高める。しかも、独占資本は、企業活動に伴って生じる汚染物質や産業廃棄物のために、大気・水・土壌といった共有資源を無料で利用する。その結果、人間の生活の場である自然環境・社会環境が破壊され、公害問題が生じたのである。

 これが、国家と市場の複合体に、日常生活世界が従属させられ破壊される、という事態にほかならない。それは、諸個人が、その生活環境である日常的生活を自主的・共同的に管理し、相互の生活を調整してゆくという能力を、国家と市場の複合体によって奪われる、ということを意味している。「国家・市場−生活世界」という枠組みにおいて、このことをはっきりと確認することによって、はじめて現代の社会的諸問題を根本的に解決する新たな政策の提示が可能となる。

 だが、そのような方向性は示されていない。「市場の失敗」に対して提示されたケインズ的政策の破綻をもって「政府の失敗」とし、市場原理主義的な政策が実施されている。確かに、国家・市場という枠組みの中でで政府の失敗を克服しようとすれば、自由な市場の機能を十全に働かせるという政策をとるほかないであろう。しかし、それは、国家・市場と生活世界との矛盾を克服し得る政策ではない。それどころか、これまで市場原理が適用されてこなかった分野にまでそれを貫徹させ、需給の調整を価格メカニズムに委ねるという政策は、国家・市場と生活世界との矛盾をさらに激化させざるをえない。

 社会的共同消費手段の分野への市場原理の導入は、生活の場としての都市環境の悪化をもたらす。このような生活環境の破壊に加えて、福祉の圧迫・切り捨て、公共サービスへの市場原理の導入よって、生活の質はますます低下してゆく。現在、子育て、介護、障害者支援など福祉の分野でさまざまな問題が生じていることは、ケインズ的福祉国家政策を否定した市場原理主義的政策の実施によって、国家と市場の複合体への生活世界への従属がますます強まり、破壊がますます進んでいる、ということの最も先鋭的な現われなのである。

 もちろん、日常的生活世界における諸個人は、国家と市場の複合体に一方的に従属させられるだけの存在ではなく、それに抗して、さまざまな実践・運動を展開してゆく。現在、福祉をはじめとするさまざまな分野における諸問題に取り組んでいる諸個人の実践・運動が、それである。それらの実践・運動は、諸個人が、交換を通じて他の個人が生産したものを獲得、享受・消費することによって、それぞれに全面的な発展を遂げることを可能にするかたちで、生産と消費の一般的条件である社会資本を個的・共同的に管理する能力を獲得する、という方向をめざすものである。

 さまざまな実践・運動を、そのような方向に全面的に展開することによって、日常的生活世界を国家と市場の複合体への従属から解放することを可能とする根源的基盤が、日常的生活世界の根底の根源的生活世界である。根源的生活世界においては、それぞれの個人は、各自的身体の「いま・ここ」を中心とする固有の時間・空間的パースペクティブに従って、同一の根源的生活世界の全体をそれぞれの人格の内に個性的なかたちで表現する。そのような諸主体が、相互に含蓄して働きあっている共同的・相互交渉的な間身体的共同体において、相互に代替不可能な唯一性と独立性を有する自由な人格としての諸個人の調和が実現する。

 日常的生活世界における諸個人が、生産と生活の一般(普遍)的条件によって規定された特殊的存在であるのに対して、根源的生活世界における諸個人は、全体世界をそれぞれ固有なかたちで自己の内に表現する真に自由な全人格的自己である。国家と市場の複合体は、日常的生活世界を従属させることによって、諸個人が相互補完的に全人格的生活を実現することを抑圧するのである。したがって、国家と市場の複合体のへの従属に抗する日常世界における諸個人の実践・運動は、根源的生活世界をその究極的基盤として生じてきているのである。

 このように見てくるならば、日常的生活世界における諸個人のさまざまな実践・運動は、諸個人の相互補完的な全人格的生活の実現ということ究極的目的とすることによって、それぞれが取り組んでいる問題を根底的に解決することが可能となる、ということが明らかになる。さまざまな実践・運動が、その究極的目的に向かって統合されてゆくことによって、生活世界に政治システムと経済システムを統合した新たな社会システムが創出されてゆくのである。

目次

 はしがき

序章 国家独占資本主義の破綻と現存社会主義の破産

 資本主義の経緯在政策は破綻し、現存社会主義は破産した。では、どうしたらよいのか。その矛盾と克服の途。

 第1節 ケインズ的政策の破綻と市場原理への復帰

 第2節 現存社会主義の破産と市場経済システムの導入

 第3節 政治経済システムの底にある生活世界

第1章 資本主義社会における国家と市場

 資本主義とは何であったか。その否定面と肯定面を、経済システム・政治システムの両面から考える。

 第1節 市場の機能の二重性

 第2節 市場の二重性に対応する国家の二重性

 第3節 国家の共同=社会的機能と社会資本

 第4節 官僚制がもつ情報処理・利害調整機能

第2章 国家・市場から生活世界へ

 生活世界の存在構造を明らかにし、根源的生活世界を包摂しうる新しい政治・経済システムを考える。

 第1節 官僚制の専門知識の限界と生活世界

 第2節 生活世界の存在構造

 第3節 市場原理と根源的生活原理の対立

 第4節 日常的生活世界への社会資本の蓄積と根源的生活世界

第3章 国家独占資本主義における国家と市場

 現代の資本主義のもとで、根源的生活世界を包摂した新しい社会づくりの条件がどのように形づくられているか。

 第1節 国家の経済・社会への全面的介入

 第2節 ケインズ的政策の本質的意義と限界

 第3節 情報の独占と生産過程の管理

 第4節 欲望の物象化と生活過程の支配

第4章 新しい生活世界創出への社会運動の展開方向

 生活世界は、一方的に従属・操作されているばかりではない、新しい質をもった現代のさまざまな社会運動の意義を明らかにし、新しい社会システムを展望する。

 あとがき

 引用文献

 


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